滅菌・滅菌器の基礎知識
滅菌・滅菌器の基礎知識
新型コロナウイルス感染症の影響で、近年、「除菌」「抗菌」といった言葉が一般にも広く浸透し、生活者の衛生意識も高まりつつあります。一方で、「除菌」「殺菌」「抗菌」「滅菌」など、菌にまつわる表現方法には似たようなものが多く、それぞれの意味を混同して使用しているケースもあります。ここでは、「滅菌」とそのほかの言葉がどう違うのか、意味や定義について簡単に紹介するとともに、現在、日本の医療現場で実施されている滅菌方法、滅菌器の特徴について詳しく解説します。
ご存知ですか?
滅菌と除菌・殺菌・抗菌の違い
「除菌」とは?
除菌とは、「細菌やウイルスなどの微生物を取り除き、数を減らすこと」です。もう少し詳しく説明すると、「物体や液体といった対象物や、限られた空間に含まれる微生物の数を減らし、清浄度を高めること」をいいます。
実は、「除菌」と「抗菌」には、法律による明確な規定はなく、各業界団体が独自の定義を設けています。たとえば、洗剤・石けん公正取引協議会では、「物理的、化学的または生物学的作用などにより、対象物から増殖可能な細菌の数(生菌数)を、有効数減少させること」と定義しており、細菌にはカビや酵母などの真菌類は含まれていません。
「殺菌」も除菌に含まれますが、「殺菌」という言葉は、医薬品や医薬部外品以外には使用できないため、洗剤やウェットシート、アルコールスプレーなどの雑貨には「除菌」という表現がよく使用されています。
「抗菌」とは?
抗菌とは、「菌の増殖を抑制すること」です。菌が住みにくい環境をあらかじめつくることで、細菌などの微生物が増殖・繁殖するのを防止するもので、菌を殺したり、減らしたりする効果はありません。なお、「殺菌」「滅菌」「消毒」「除菌」「静菌」などの用語は、すべて「抗菌」に含まれます。
近年、台所用スポンジやまな板、便座、靴下、つり革など、さまざまな場所で抗菌効果を謳った製品を見かけますが、経済産業省の定義では、「抗菌」の対象は細菌のみとなっており、ウイルスは含まれません。また、抗菌仕様製品として、カビ、黒ずみ、ヌメリ防止は、効果の対象外とされています。
「殺菌」とは?
殺菌とは、文字通り「菌を殺すこと」です。殺す菌の種類や数は定義されていないため、すべての菌を殺さなくても、特定の菌を殺すことができれば「殺菌」ということができます。
つまり「殺菌」と表記されていても、有効性は保証されていない点に注意が必要です。
「殺菌」という言葉は、医薬品や医薬部外品のみに使用できる言葉で、薬機法の対象となる消毒薬や薬用石鹸に用いられます。洗剤や漂白剤などの雑貨品には、使用できません。
「滅菌」とは?
滅菌とは、「対象物に存在している菌やウイルスを限りなくゼロに近づけること」です。菌やウイルスについては、有害・無害を問わず、対象物に存在するすべての菌やウイルスなどの微生物を死滅させたり、取り除いたりすることをいいます。しかし、現実的には、微生物をゼロにすることは困難なため、「滅菌前の状態から、微生物の数を100万分の1以下(SAL※≦10-6)に減らすこと」が滅菌の基準となっています。
100万分の1以下という設定については、科学的根拠はなく、患者さんに無菌製品(滅菌医療機器、無菌医薬品)などを適用/投与したときに障害を与えないレベルとして、世界共通基準となっています。
※SAL:sterility assurance level(無菌性保証水準)
滅菌が必要なもの
生体を無菌にすることはできないため、「滅菌」は主に、器具に対して用いられる言葉です。医療機関の滅菌供給部門(central sterile supply department: CSSD)で再生処理される滅菌医療機器には、再使用可能医療機器(メスやピンセット、ハサミ等)や各種医療材料(注射器や穿刺器具、縫合器具、カテーテル等)などがあり、滅菌後は微⽣物の⽣存確率を100万分の1以下(SAL≦10-6)にすることが求められています。
滅菌の方法
SAL≦10-6の基準を達成できる滅菌方法として、現在、医療機関で広く行われている滅菌法には、次の5つがあります。それぞれ特徴が異なるため、滅菌する器材の材質や耐久性、作業の安全性、費用などを考慮して、最適な滅菌法を選択する必要があります。
主な5つの滅菌法
- 蒸気滅菌
- エチレンオキサイド滅菌
- 過酸化水素ガスプラズマ滅菌
- 過酸化水素ガス滅菌
- 低温蒸気ホルムアルデヒド滅菌
5つの滅菌方法と主な特徴
蒸気滅菌高温滅菌
蒸気滅菌とは?
微生物を構成するタンパク質を熱によって変性させ、死滅させる方法を称して「加熱除菌法」といいます。加熱除菌法のなかでも、もっとも多用されているのが、高温の湿熱(蒸気)による「蒸気滅菌」で、医療現場などでは「高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)」という装置が⼀般的に用いられます。
高圧蒸気滅菌では、加圧によって水の沸点を上げ、⼀定の温度(121〜134℃)と圧力の飽和水蒸気で加熱することにより、芽胞を含む微生物を死滅させます。また滅菌処理に要する時間が短く、安全で費用も安いのが特徴で、水や高温・高圧に耐えうる器具の滅菌には第⼀選択となっています。
滅菌対象物
金属製品、ガラス製品、ゴム製品(耐熱性があるもの)、リネン類、液体(水、培地、試薬等)など
エチレンオキサイド(EOG)滅菌低温滅菌
エチレンオキサイド(EOG)滅菌とは?
熱による滅菌とは異なり、微生物を構成するタンパク質に対して、エチレンオキサイド(ethylene oxide:EO)の化学反応(アルキル化)を起こし、微生物を死滅させる方法です。低温で滅菌処理できるため、耐熱性のない器具にも対応することができますが、運用には正しい知識と技術が必要です。
このような滅菌方法を採用している装置を「エチレンオキサイドガス滅菌器」と呼び、医療現場などでは、蒸気滅菌ができない製品の滅菌に、この方法が選択されています。
滅菌条件は、温度やガスの濃度によっても異なりますが、通常、40℃で4時間、55℃で2時間といわれています。また、エチレンオキサイドは毒性が高く、滅菌後のエアレーション(空気置換)に8〜12時間かかります。
滅菌対象物
カテーテル類、内視鏡、腹腔鏡、ゴム製品、プラスチック製品、紙製品など
過酸化水素ガスプラズマ滅菌低温滅菌
過酸化水素ガスプラズマ滅菌とは?
微生物を不活性化する滅菌剤として、プラズマガスを利用する方法です。プラズマとは、イオンや電⼦、遊離基(フリーラジカル)などが混在する反応性の高い状態で、強力な電界や磁界の励起によって生成されます。
高真空に減圧された滅菌チャンバー内へ、気化したガスの状態の過酸化水素溶液を注入し、そこに高周波やマイクロ波などのエネルギーを加えることで、電離したイオン(過酸化水素ガスプラズマ)を発生させます。こうした低温プラズマ状態で、反応性の高いラジカルを生成させ、過酸化水素、紫外線などの複合効果により、微生物を死滅させます。
滅菌対象物
金属製品、プラスチック製品、硬性・軟性内視鏡、超音波プローブなどの電子部品を含む医療機器など
過酸化水素ガス滅菌低温滅菌
過酸化水素ガス滅菌とは?
微生物を不活性化する滅菌剤として、過酸化水素ガスを利用する方法です。
減圧沸騰によりガス化させた過酸化水素によって微生物を死滅させるもので、通常は59wt%(重量パーセント濃度)の過酸化水素が用いられます。
過酸化水素はガスの状態できわめて高い殺菌性を発揮するという特徴がある⼀方、滅菌終了時には水(水蒸気)と酸素に容易に分解できるため、他のガスを用いる滅菌法と比べて残留毒性が低く、安全性が高いといわれています。
操作や設置が簡単で、短時間で多量な滅菌処理ができるのが特徴です。
滅菌対象物
・金属製品、プラスチック製品(非耐熱・非耐湿の器材)
・包装材が、ポリエチレン製の不織紙、ポリプロピレン製の不織布などのもの
低温蒸気ホルムアルデヒド(LTSF)滅菌低温滅菌
低温蒸気ホルムアルデヒド(LTSF)滅菌とは?
微生物を不活性化する滅菌剤として、ホルムアルデヒドガスを利用する方法です。
⼤気圧よりも低い圧力で十分に空気を除去した後に、低温飽和蒸気とホルムアルデヒドの混合気体をチャンバー内に注入。蒸気の浸透性とホルムアルデヒドの殺菌力という相乗効果を利用し、化学反応を起こすことで、細菌芽胞まで死滅させます。
エチレンオキサイド滅菌の代替法として開発されましたが、日本ではホルムアルデヒドを用いた滅菌法は2005年の薬事法(現在の薬機法)改正まで認められておらず、2011年にようやく認証を取得した新しい低温滅菌方法です。